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Jan 26 2012

佐々木 河北新報の記者は、ほぼ全員が東北の出身。
だから、自分自身ももちろん被災者だし、
自分の家族、親族、あるいは友人、知人、
どこかに、必ず死者がいたり、
行方不明の人がいたり、
避難してる人がいると。
そうすると、取材に行ったときに、
とても、他人事のようには聞けない。

糸井 はい。

佐々木 取材するときに、ふつうだったら、
「どうでしたか」ってところからはじまるんですけど、
もう、被災者と話した瞬間に、
「実はわたしの父もね」とか、
「わたしの友人がね」とか、
そういうやり取りがはじまって、
そのなかで記事を書いてる。
そういうやり方をすると、
いままでのような第三者的な立ち位置からの
記事というのは、書けなくなってしまう。

糸井 うん、うん。

佐々木 でも、それって、ほんとはね、
いままでの新聞のセオリーでは、
やってはいけないって言われてたことなんです。

糸井 つまり、個人の主観ではなく、
第三者として客観的に書きなさいと。

佐々木 そうなんです。
ぼくは1988年から12年半くらい
毎日新聞で新聞記者をやってたんですけど、
とにかく、客観しろ、中立であれ、ということを
基本的な教えとして叩き込まれました。
もちろん、取材対象の気持ちを理解するのは
とても大事なことなんだけれど、
あまりにも対象に入り込んでしまって、
合一してしまってはいけない、
ということを、ずっと言われてたんです。
でも、河北新報の記者たちがやってることは
まったく逆なんですね。
それで、ぼくは寺島さんに、
「それってもう、客観中立報道じゃないじゃないか」
って訊いたんです。

糸井 それは、佐々木さんとしては、
どっちの気持ちで訊いたんですか?
「客観中立報道になってなくて、
 ダメじゃないですか」っていう
気持ちで訊いたのか、それとも‥‥。

佐々木 いえ、そういったセオリーを超えて、
すごくいい方向に来てるんじゃないですか、と。

糸井 つまり、その在り方がいいなと思って。

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