田舎というのは、過疎化して、本当は経済を成り立たせるのもままならない世界ですけど、横のつながりでなんとかやっている。例えば消防団がそうですよね。消防団なんて基本的に東京には存在しない。あるところはいまでもありますが、そんな感じですから、今回のような災害が起きたら、東京の人間はやりようがないと思うんですよ。
死体を運ぶにも「死体運んで」と簡単に言われても運ばないでしょ。「嫌だよ。業者に頼めよ」って言うと思いますし。そりゃ、震災後1日、2日だったらみんな興奮してるからやるでしょうが、5日経ったらおそらく誰もやらないですよね。そこが一番大きな問題になってくると思いますね。
関東大震災がまさしくそうでした。関東大震災で10万人前後の人間が亡くなったときは、遺体を焼く人がいなかった。市の人間にも人が足りないし、やらない。そこでどうしたかというと、結局被災者に金でほっぺたを叩くようにして強引に作業させることになった。夏の終わり頃でしたから、気温も高くてすぐに腐敗がはじまっている。どうしようもなくなって結局まとめて焼くしかなかった。ガソリンをかけて一気に焼いていた。まわりも手伝わず、人数が足りなければ、そうするしかない。
だから、今回の釜石に関していうと、ある種、死体にとっては優しい環境、というと変ですが、そうだったと思います。まわりの助け合いもあったし、冬で雪が降っていましたから、腐敗が進行するまでの時間が長かったということもあります。あと、やっぱり、沿岸線ということもあって、そもそも住んでいる人間が少なかったということもありますよね。
そういった意味でいうと、今回のことは逆に、東京と比べるのであれば、非常に良いケースと考えたほうがよいかもしれません。本当にみんな地元の愛で働いた。地元愛、地元つながりでみんなが自発的に動いていましたから。
ただ、この地元のつながりは、よい面と悪い面の両方を含んでいる話ですよね。逆に言うと、このつながりの強さが嫌でみんな地元を離れて外に出て行くわけですから。
第65回 20年後、30年後にもう一度|本屋さんと私|平日開店ミシマガジン
ミシマ社ブログにおける石井光太氏インタビューの最終回。いろいろ考えさせられる。
(via kashino)(via kashino)