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Aug 28 2014

高木: 「うどんの本場は香川県」が本当かどうか、消費量を調べてみました。総務省の調査(家計調査:2006~2008年の平均値)によると、うどん・そばの1人当たりの年間消費量は香川県が最も多く33キロ。2位の秋田県が22キロなので、断トツなんですよ。しかも、香川県はその大半がうどんで、秋田県は半々くらいではないかと推測されます。

 次に、うどん店の店舗数を調べてみました。人口10万人当たりの店舗数は、香川県が最も多く66店舗。2位は福井県の46店舗なので、こちらも断トツ。

土肥: 消費量と店舗数をみると、やはり香川県の人はうどんをたくさん食べているようですね。それにしても、なぜ香川県でうどんが広がったのでしょうか?

高木: 気候が合っていたんですよ。瀬戸内海は雨が少なく、全国の年間降水量は平均1718ミリなのに対して、高松市の年間降水量は1082ミリ。雨があまり降らないので、稲作が難しい。一方、雨が少ない気候は、小麦作りに適しているんですよ。

 あと、雨が少ないので、塩づくりが盛ん。地元で塩ができるので、醤油づくりも広がっていきました。さらに、讃岐うどんの出汁として使ういりこの原料となるカタクチイワシも瀬戸内海でたくさんとれます。このように、香川県はうどん作りに適した条件がそろっていたんですよね。

土肥: えっ、でもうどんをつくるのにはたくさんの水を使いますよね。雨があまり降らないということは、水を使えないのでは……。

高木: 四国には南の太平洋側から湿った空気がやって来るので、四国山地を境にして、豪雨と渇水という対照的な気象特性があるんですよ。高知市の年間降水量は2548ミリなので、高松市の倍以上降っています。

 讃岐平野ではあまり雨が降らないのですが、山で降った雨が流れてくるんですよ。なので井戸を掘ったら、井戸水が豊富に出てくるところがあります。

 香川大学で地質学を専門にされている長谷川修一教授は、うどんと地質の関係について調べました。その結果、昔からある有名なうどん店は、地下水の豊富な扇状地(河川が山地から平野や盆地に移る所などに多く、土砂などが山側を頂点として扇状に堆積した地形のこと)に多いことが明らかになりました。

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なぜ、真鍋氏はこの日、「プログラミング教室」と銘打たれたワークショップにもかかわらずプログラムのやり方そのものを詳しく教えなかったのか。本人に後日メールで質問したところ、次のような返事が返ってきた。

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今回の教室を受け持つにあたり、
いくつか中高生向けのプログラミングワークショップを
拝見する機会があったのですが、
僕が見学したものの多くが技術や手法にフォーカスしていて、アイデアや考え方、
プログラミングが持つ可能性を扱うものが少ないと感じていました。

参加している学生にインタビューをしても、
プログラミングを使って作りたいモノが出て来ない方がほとんどでした。

実際の現場ではアイデアドリブンで進むプロジェクトも多く、
必要になってプログラミング言語を必死に学ぶ、ということも多いものです。

技術を知っているからこそ、いろんな提案ができる面もあるため、
技術の習得も重要なのですが、一方でアイデアを生み出すための方法を学んだり
トレンドや歴史を学ぶことも重要かと考えています。

ならば僕のプログラミング教室では、
「プログラミングができるとこんなことができるよ」
「新しい表現を生み出せる可能性があるよ」
「新しい形のコラボレーション、作品制作の形があるよ」
ということを提示するのも意味があるかなと思い、
今回のような構成にしてみました。

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要するに読書感想文とか、それ以前。

「文章をつくること」に関して、あまりに「学んでいない」のです(これは愚息が悪いと思います)。
 だから「思ったことを、自由にのびのび書け」「感じたことを、自由にそのまま書け」といわれても、彼は書けません。

「自由に書く」ためには、「書き方」や「方法論」が必要です。しかし、そうしたツールや枠組みをTAKUZOは全く学んでいません。

 これには批判もあることでしょう。いっけん「ツールや枠組みを渡すこと」は「自由にそのまま書くこと」を阻害すると考えられがちだからです。

 しかし、僕はそうは思いません。
「自由にそのまま書くこと」は「ツールや枠組みを渡すこと」とトレードオフではないはずです。子どもの頃、僕もTAKUZOと同じ苦い経験をしました。だから、僕はそれを渡そうと思います。

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Aug 27 2014

万が一、自分がおかしな診断アプリに「いいね!」などをしていたことに気付いたら、どうすればいいのだろうか。そのままにしておくと、広告に悪用されたり、周囲に迷惑をかけたりすることもある。評判や信頼を落とす前に、SNSから連携を削除しておくべきだろう。

 Facebookの場合は、PCの画面を開き、右上の下向きの三角→「設定」→左カラムの「アプリ」→利用しているアプリ一覧で操作する(写真7)。ここで削除したいアプリの右側の×印をクリック後、確認画面が出るので「削除」で削除完了だ。その際、「Facebookでの○○アクティビティをすべて削除します。処理に数分かかる場合があります。」という表示前のチェックボックスにチェックを入れて削除すれば、そのアプリによる過去の投稿も削除できる。

 Twitterの場合は、PC版の右上の歯車マーク→「設定」→左カラムの「アプリ連携」→削除したいアプリ右側の「許可を取り消す」をクリックすること、アプリ連携を切ることができる。

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本連載でこれまで何度も言ってきたが、子どもたちはSNSをつかって承認欲求を満たしている。ウケを狙い、友達の反応を集めたいという焦りをいつも感じており、SNSで投稿するネタ探しに必死になっている。ネタのためにわざと変なものを食べるてみるなど、ウケのために行動することもあるという。

 2013年夏に若者たちにTwitter炎上が多発したが、これらも元々は友達にウケるために投稿したことが原因となっている。若者たちにとって、無視されたり周囲から反応がなかったりすることは、自らの存在の否定にほかならない。友達に「ウケること」はとても重要な意味を持つのだ。

 しかもこの世代は総じて占いを好む傾向にあり、診断アプリは投稿するネタとしては無難だ。これまでの経緯から性別を問わずウケがいいことも分かっている。こうした理由で、SNSに投稿できるネタを求めている若者たちに、診断アプリが大歓迎されているのだ。

 高校1年生のA太は、「診断系アプリはとにかくウケる。コメントも盛り上がるし、自分が見つけたものが周囲に広まるといい気分になれる。面白いネタが見つからない時は、自分から探してきて診断、投稿することもある」と言っていた。そのほかにもA太は、面白いチェーンメールをわざわざ探して投稿しているという。「暇で困っているから、暇つぶしになるならみんな歓迎している。投稿するとみんな一斉に回答して喜んでいるから、悪いとは思わない」。

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診断メーカーは、占いのような側面があり、つい試したくなる見た目をしている。ユーザーが勝手に利用して広めてくれるため、拡散力が異常に高い。提供側が利用しているのがこの拡散力なのだ。

これまでにも、診断メーカーにはいくつもの問題が明らかになっている。有名なところではFacebookアプリの「自分新聞2013」が挙げられる(写真2)。その年1年間の自分の投稿で、友達の反応が高かったものを新聞風にデザインして見せてくれるというアプリで、自分に「いいね!」をしてくれた友達をランキングにして見られるようになっている。

 実は同アプリを利用するためには、無関係な「ハーバード流宴会術」や男女のマッチングサイト「omiai」のFacebookページに「いいね!」する必要がある。つまりFacebookの「(友達の)○○さんが『いいね!』と言っています」という、友達の「いいね!」を活用するタイプの広告と連携しているのだ。

 ユーザーは「自分新聞」を利用したいだけなのに、そのためにはマッチングサイトの広告に自分の名前が「いいね!」付きで表示される可能性も受け入れなくてはならなくなる。

 同アプリは2012年にもスパムアプリであるとネットで騒がれたため、運営会社が釈明文を公開している(写真3)。それでも2013年も同様の仕組みが残ったままだった。

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今日の中国新聞テレビ欄の縦読みメッセージ。L字読みかな?がんばれカープ (via 広島☆|Nana色Days)

今日の中国新聞テレビ欄の縦読みメッセージ。L字読みかな?がんばれカープ (via 広島☆|Nana色Days)

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まずは「今、私は、おひとりさまでいることを自分で選んでいる」と認めること。結婚しても独身でも、それぞれにメリットとデメリットはあります。いずれにしても「自分で選択した」と腹をくくると、孤独感や自責感は軽くなります。

 その上で、さらに一歩進んで、さびしさや不安感を埋めるアクションを起こします。ペットと触れ合いぬくもりを感じたり、ネット上で人とのつながりを密にしたり、といった行動もいいでしょう。

 また、「おひとりさまでいくぞ」と決意していても、その決意はいつひっくり返しても構いません。人の生き方は状況に応じてくるくると変わり、メリットもデメリットもその時々で変化するものです。すてきな出会いがあれば、それに乗ってしまってもOK。心を柔らかくして、日々を過ごしましょう。

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ここ数年のトレーナーから以下のような新人の発言を聞いて参った、という話をききます。

「先に教えてください」
「まだ教わっていないので」
(また仮に教えたとしても)「まだまだ私は見習いモードですから」
(見方は違いますがこれも本質は同じです)「先に一人前の姿や必要な経験を教えてください」(教えてくれればもっと効率的に経験を進めますので、という意図)

 いかがでしょう?

 特に最後の例などは、私も最初に(3年前です)聞いたときはびっくりしたものです。すべて実際にあった弊社のトレーナーから聞いた例ですが、それほど皆さん弊社とは(これを聞いたトレーナーの驚きや悩みは)大差無いはずです。

 上記の発言を聞いて皆さん(読者の皆さんは従来型のOJTで育ったことを前提としています)は、こう言う新人を「消極的」「受け身」と捉えるかもしれません。実際私もそうでした。しかし今の新人が、従来型のOJTのやり方(極端な例として「俺の背中を見て育て」「失敗を恐れるな」とする指導)を見るとどうでしょう。おそらく、「乱暴」「非効率」と思うはずはないでしょうか?

 私はここまで開きのあるギャップを「ゆとり世代」と片付けてしまっているところに、今のOJT現場の当事者間の苦労や悲劇があるように思います。

 結局、両者は情報環境、学びの志向が違うだけで経験によって仕事の本質に達して成長する、ということは同じであり、どちらが正しいという訳ではないのです。単なる学習のアプローチの違いに過ぎないものだと思っています。ここを社内の指導者(トレーナーだけでなく上長)、そして人材育成に関わる担当者が理解している事が重要ではないか、と考えます。

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