普段はただのレタスですが、開くとシワ加工もエレガントな折りたたみ傘です。
雨の日はもちろん、日傘としてもご利用いただけます。※UVカット加工
通常はレタスのままお持ち運びいただけますが、雨の日でも安心な傘袋付きです。
(via kotoripiyopiyo)
普段はただのレタスですが、開くとシワ加工もエレガントな折りたたみ傘です。
雨の日はもちろん、日傘としてもご利用いただけます。※UVカット加工
通常はレタスのままお持ち運びいただけますが、雨の日でも安心な傘袋付きです。
(via kotoripiyopiyo)
ネット上で調べ物をすると、wikipediaやgoogle検索上位に書いてあることが間違っていることがよくある。
そんな時にはその検索キーワードをメモしておくと役に立つことがある。
具体的にはネット上であれな人に絡まれた時、そのキーワードに関連した話題を振ると、相手のその分野における知識量を計測することができる。
これで相手が「本当は何も知らないのにググりながら議論している人」なのか「ちゃんと勉強している人」なのかを見極めることができる。
あれな人に絡まれた時のための不毛なwikipedia活用法 - 情報の海の漂流者 (via katoyuu)
某省の若手を鍛えるために何度かこれをやったことがあるんだけど、なまじっか指摘したら「勉強の仕方」から再教育を求められてしまったので、状況によっては藪蛇になります。
(via tekusuke)
(via tekusuke)
具体的には、患者7人に対して看護師1人となる「7対1」の看護配置基準の入院基本料が最高で、1万5600円、「10対1」で1万3110円、「13対1」で1万1030円、「15対1」で9450円――。たとえば、300床規模の病院で「7対1」と「10対1」を比べると、1日当たり76万5000円もの収入差が生じる。病院経営にとっては、「7対1」は、喉から手が出るほど欲しい水準であり、「7対1」が導入された2006年から、有名病院や大病院を中心に看護師確保に躍起になってきた。
ところが、看護師数が十分でないため、看護師争奪戦が起こり、「7対1」をとりたい病院の全てが看護師を確保できるわけではなかった。この争奪戦の余波は今なお続いており、中小病院も「7対1」をとるために必死になっている。
すると病院は、患者、つまり病床数の分母と看護師数の分子を調整してでも、できるだけ保険点数が高い配置基準を維持しようとするため、看護師が不足すれば分母の病床数を削減することになる。となれば、受け入れられる患者数が減るため、患者の行き場がなくなり、締め出されてしまうというわけだ。
午後11時を過ぎると、ケータイメールの着信音が短く、何度も鳴る。画面に並ぶのは、ユーモラスな象やおにぎりの絵文字――。
それは、親に悟られないための暗号だった。象は「教祖」の意味、おにぎりは「御言葉(みことば)」、太陽は「神様」。メールは、カルト教団の教えを伝えるものだ。
「まるでケータイに縛られているようだった」。現在は西日本の大学に通うミカ(19)はこう振り返る。
(中略)
「昔はポケベル、今はケータイ。若い子の管理にはメールが一番」。この教団に02年まで5年間所属し、若者の勧誘役を務めた30歳代の元女性信者は打ち明ける。
1日のメールは50~100通。使うのはケータイメールだ。「パソコンと違ってすぐ読んでくれるし、親に知られないように洗脳を進めることが簡単だから」
高校3年で入信した関西地方の女性も、〈元気?〉〈何してるの?〉といった何気ないメールのやり取りで心を動かされた一人。洗脳が進んだ2年後、宗教儀式と称して教祖から性的暴行を受けた。それでも、「脱退者は地獄に堕(お)ちる」との“教え”に縛られ、脱会に踏み切れたのは暴行を受けた4か月後。この間の経緯を親は一切知らない。
親は知らない PART3 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) (via syoichi)
2009-08-21
選挙の度に、選挙カーのがなり立てる連呼がうるさい。地方選挙、とくに市町村会議員選挙のレベルになると、なにしろ候補者が多いから、暴力的なまでの騒々しさになる。
私は物心ついた頃から、選挙カーの 「連呼」 が不思議でたまらなかった。 「○山○夫でございます。ナニトゾ、ナニトゾよろしくお願いいたします」 と繰り返されて、「はい、わかりました。あなたに一票投じましょう」 なんていう有権者がどこにいるというのだ?
投票日の前日に、「×野×子です。あと一歩のところまで来ております」 と哀願されても、「それはアンタの一方的な都合でしょ」 と思うだけで、「じゃあ、その 『あと一歩』 を俺が埋めてやろうか」 なんて決して考えない。
それどころか、世の中の大勢は選挙カーの連呼はうるさい、迷惑としか考えていない。それなのに、なんでまた愚かしいことを繰り返すのか? どうして政策を具体的に訴えないのか。
そう思っていたら、ある日の TBS ラジオの 永六輔氏の番組で、「あれは、法律的に候補者の名前の連呼しかできないことになっているのだ」 という話を聞いた。
そんなアホらしい法律があるのかと思ったが、このページの初出の平成 14年には、インターネットにもなかなかそれらしい情報がなかった。しかしさすがに 5年も経てばかなり進化し、「法庫」 というサイトが見つかった。その中の公職選挙法の重要部分を引用しよう。
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(車上の選挙運動の禁止)
第141条の3 何人も、第141条(自動車、船舶及び拡声機の使用)の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項(連呼行為の禁止)ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。
(上記 2~3行目、理解の便宜のため、tak-shonai の判断で太字斜体文字に変えた)
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法律特有のわかりにくい文章の要点をかいつまんで説明すると、「選挙カーでは本来選挙運動をしちゃいけないのだが、停止中の演説と、走行中の連呼だけはやってもいいよ」 ということなのだ。
これでもまわりくどくてうっとうしいから、さらにごくフツーの言い廻しにすれば、「選挙カーでは、停車中の演説と、走行中の連呼以外はしちゃいけない」 ということになる。ああ、馬鹿馬鹿しい。
それにしても、「選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない」 という文言は、スゴイ。日本一シュールな法律条文だと思う。この条文を作ったお役人の頭の中を、一度のぞいてみたいものだ 。
さらに、第201条の13 では、政党などのキャンペーンカーでも、選挙期間中は、走行中は連呼だけと決められている。これについては、長くなるから割愛する。
あちこちのブログなどで、選挙運動経験者とおぼしき人が、「走行中は演説なんかしても、どうせ最後まで聞いてもらえないのだからしょうがないだろう。だから、連呼だけと決められているのは当然だ」 みたいなことを、訳知り顔で (顔は見えないが) 書いているのを散見する。
こうしたことを言う人は、想像力の欠如した人である。「連呼」 でなければ 「演説」 しかないと思っている。それ以外にも、気の利いた短いキャッチフレーズで訴えるとか、いろいろあるではないか。ところが、公選法ではそれもしちゃいけないということになっている。走行中に認められているのは、あくまでも 「連呼だけ」 なのだ。
ただ実際には、短いキャッチフレーズをいろいろ交えている人が多い。つまり現場では、お上の見逃してくれる限界すれすれのところの勝負になる。このあたりが、因習的選挙プロの出番だ。選挙プロにとっては、馬鹿馬鹿しい公選法は、メシの種なのである。
さらに本質的なことを言えば、「走行中は演説してもどうせ最後まで聞いてもらえない」 からといって、連呼しか許さないというのは、法律の余計なお世話である。演説したきゃ、すればいいじゃないか。本来、候補者の自由に任せて何の弊害もないことを、法律で禁じてなんの意味があるのだ。
というようなわけでわかったことは、公選法というのは、「これこれのことはしちゃいけない」 という (法律としてごくフツーの) コンセプトで作られているのではないということである。驚くべきことに、「原則的に、選挙運動はしてはいけない」 というのが大前提なのだ。その上で、「ただし、これとこれはしてもいい」 という構造で成り立っているのである。だから、やたらと面倒で複雑で、馬鹿馬鹿しい。
そして、走行中は連呼のみが許されるという規定は、多くの候補者の 「政策なんてチンケなものを訴えるよりも、ひたすら名前を連呼したい」 という迷信的メンタリティに迎合しているのだろう。それ以外に、そんな無意味な規定をする意味がないもの。
彼らにとっては、「政策」 なんて、確かに 「チンケ」 なものにすぎないのだろうし、それに、チンケな政策を言い過ぎたら、後でやぶへびになりかねない。ウグイス嬢も、昔からのやり方を踏襲して 「プロの連呼」 というものを売り物にしているに違いない。
候補者にとっては、自分と直接間接に結びついた組織票さえ固めれば、選挙運動なんてほとんど終わったも同様である。選挙カーでの巡回は、組織票を投じてくれる人たちの地元への 「形式的ご挨拶」 なのだ。だから、政策なんて訴えてもしょうがない。
なまじ選挙カー走行中に政策を訴えてもいいなんてことにすると、浮動票を投じる有権者にまで余計なアピールをしてしまうから、票が読みにくくなる。浮動票がどっと動くと、改革派が有利になるに決まっているから、投票率なんて低い方がいい。低く抑えるためには、選挙運動を馬鹿馬鹿しいものにしておく方が都合がいい。とまあ、こういう理屈なのだろう。
要するに公職選挙法は、守旧派が有利に選挙を進めるための防護壁であり、改革派にとっては高い障壁として機能しているわけだ。なにしろ、インターネットも使っちゃいけないってんだから。
選挙カーの 「連呼」 は 「迷信」 から生じているらしい (via petapeta) (via d-d-d) (via rogu) (via tajimaya)
2009-08-21
(via gkojax-text) (via yaruo) (via bo-rude) (via f1at)
連呼する候補者をことごとく落選させることが、現状に抗うための最適なメソッドでありましょう。どうすればそれが可能かを考えなければ、結局のところ「選挙カーうるせえ」という以上の話にはなりません。むしろ「選挙カーうるせえ」を徹底的に焦点化し、選挙カーのうるささで死人が出たとかになれば、消費者庁が動いてくれるかもしれません。戦略と戦術とは、そういうものです。
(via tekusuke)